FC2ブログ

Entries

マウス届いたー(´∀`人)

つぶやきでは一部の方は知っていると思いますが
マウスの挙動がおかしくなったので新しいものを注文しました

まあ長年使っていたものなので
メーカー側には感謝したいくらいもってくれました
クリックがおかしくなっただけなので
これは老朽化でしょう

ちなみに壊れたのは
バッファローのBSMLU04BKでして
クリックがダブルクリックになってしまうというものでした

んで購入したのは
BSMBU09BK、同じくバッファロー製のもので
上記の機種の後継機になります

なんか新しい規格でBlueLEDマウスらしいです
「マウスパッドいらないんじゃね?」ぐらいどこでも動くそうです
ゲーマーではないので操作感度はまずまずですが
クリックの反応がものすごくよくなりました
というかBSMLU04も買ってすぐは感度良かったのかもしれません

しかしマウス一個変えるだけでこうも操作が快適になるとは・・・
ものすごいサクサク動くよ!∩゚∀゚)')

後は慣れですなー
今、指がマウスになじんでないw

ビッグカメラが昨日頼んで今日届けてくれたので
ちょっとした宣伝?をしてみましたー

年始にもう一回日記書くと思います
それでは皆さん良いお年を(´∀`)ノ
スポンサーサイト



歳をとるということ

この時期のせいかもしれないけど
年齢を重ねていくって空しく感じることが多い
だって「あの日あの年自分は何してた?」って追い求めても
嘘みたいに忘れちゃっているんだもの

でも「思い出に残っている人はいる?」って考えると
たくさん出てくるから、それが今ではものすごく嬉しい

人と関わることが無意味に感じて
自分の中に蓄積されるものが全てだと思っていた若い頃
こんなにあっさり消えていくなんて信じれなかった

でもでも今は人との出会いや思い出が自分の中に確かにある
そんな現実が来るなんて思いもしなかったけど
それがたまらなく嬉しく感じるんだから人間って不思議

だから別れが来ても今は少し受け入れられると思う
子供の頃は誰か死んだ時「君の心の中で永遠に生き続ける」って
全然意味がわからなかったけど、今なら理解できるもの

ごめん、なんか文章まとまってないけど
1人で生きていくって強そうに見えるんだがすごい空しく感じる
そんな感覚がふと湧いたんです

貴方も大切な僕の一部にしていいですか

世の中に溢れる音について

小さいころから音楽番組を親しみ、パソコンに熱中するようになって
テレビ番組を一切見なくなった今でも
ニコニコ動画のような動画サイトや音楽サイトにはまっています

今の病気になってパソコンの前に座るのもつらい時を何回も経験し
回復してはまた音楽にかじりつく
そんな自分の行動に疑問すら持っていませんでした

そしていつも思っていたのです
自分にとって心地よい音が常にそばにあればいいな、と

でもこの世にはあらゆる「音」が満ち溢れています
炊飯器が奏でる通知音にしろ、小鳥がさえずる声にしろ
それは人工的な違いがあるにしても同じ「音」なんです

昔は毎日の音が新鮮でした
挙げるとキリがないですが、例えれば
自分が砂利道を歩く音すら心地よかったんだと最近気づきました

なぜこうなってしまったんでしょう?

no music,no life.
こんな言葉を聞いたことはありませんか?
音楽がない生活なんて考えられないという意味だとは思いますが
今この言葉を考えるとちょっと疑問が湧いてしまうのです

この世に溢れる音は甘美な音ばかりではありませんから
こんな言葉が生まれる理由もわかるのですが
僕たちはいつから人工的な音を貪る様に聞くようになってしまったのか・・・

なんてこんな記事を書いている今も
僕のつけているイヤホンからはアニメのサントラが流れているんです

無音に近い田舎に引っ越したからこうなってしまったのでしょうか
もっと心地よい世界が、音が、僕の周りには溢れていたように感じるのです
環境のせいにはしたくありませんが
音とはここまで人を変えるのかとちょっと恐ろしく感じたので記事を書いてみました

死にたい生きたいどっちも真実

寝れないのでテンション下げてみる

最近の若い子達はわからないが
「死にたい」っていう言葉をよく聞くようになった気がする
もうかなり前からなんだけどね
1つ例を挙げれば間違いなく僕は言い続けてきた

最初は僕もみんなの真似事のような、かっこいいような
そんなステキな響きのある言葉だったんだと思う
でもこれって思春期特有のものだとも思うんだ
何をやっても1番になれない歯がゆさが生んだ
「みんなに振り向いてもらいたい」「認めてもらいたい」
そんな気持ちが生み出した当たり前のような言葉

だが今はそれが真実になろうとしている
毎日のように思ったり言葉に出したりしていると本当に死にたくなっていた
今も死に場所を探しているように迷走している感情が渦巻いている

他の人のせいにはしたくないんだけど
これは僕が死にたいと言っても振り向いてくれるのが
唯一、親だけだったからだと思い始めている

だから小さい子、特に思春期を迎えている子供たちの
「死にたい」という言葉にできれば皆さんは耳を傾けてあげて下さい
これは「生きたいけど私が生きていける場所が無い」という
心の叫びだということを認めてあげて下さい
過保護なくらいで丁度いいと思う
抱きしめられる関係なら思いっきり抱きしめて
「あなたが死ぬと悲しい」という気持ちを思いっきりその子に伝えて下さい
そうすれば僕みたいな大人には絶対ならないと思いますから

死にたいっていう言葉が
当たり前のように感じ始めたら危機感を感じるべきです
これだけ疲弊した社会を作ったのは僕を含めた大人達のせいです
自分のことすらままならないのに誰が社会や国のことを考えられますか

死にたいっていう言葉は生きたいの裏返しなんです
そして言っている本人すら気づいていない危険な言葉だということを
その人に認識させるのが僕ら大人の責任だと思うのですが
僕は間違っているのでしょうか

Appendix

プロフィール

しらたま

Author:しらたま
「この日記はミクシィ日記を基にしたサブ日記です」
という位置付けでしたが
こちらはこちらで進行していますのでお気軽に足跡などどうぞ(´∀`)
whiteballv3☆gmail.com
☆を@に変えて送信して下さい
足あと
Twitter
mixi
tumblr.
※業者の無断宣伝が多いのでhttp://を含むコメントをはじく設定にしました。
URLを貼ること自体は問題ないので気にしないで下さい。



最新記事

最新トラックバック

検索フォーム

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード